来たれ!ヘルパー!!

団塊の世代が75歳を超え、

後期高齢者になった時に介護を受ける人数に対して、

それをまかなえるだけのヘルパーが足りていないことを

世間一般では2025年問題といわれている。


2025年などと悠長に言っているけど

2010年辺りでもヘルパー不足は深刻だった。


介護保険と総合支援の区分の違いはあるにしても

介護を受けている当事者の立場から言わせてもらえば

不足という表現は生易しく枯渇し始めているといった方が実感にあっている。


既にヘルパー人財の供給が途絶えて久しい。


その上、介護保険や支援費制度が始まった2000年頃に

40、50代の中堅だった人たちの引退が始まっている。


介護職は元々、低賃金といわれている。


時々、政治家が思い出したように上げる上げると叫んでいるが

原資となる介護報酬が上がらない。

ヘルパーを養成する福祉系大学や専門学校は減り続け、

最近では実技の授業もなくなり、

座学のみになっていると聞く。


結果として資格は持っていても経験のないヘルパーが増え、

“”その育成はどこで誰か行うのか?“”

という問題が残された。


障害者のZOOM座談会で聞いたところ、

利用者宅で育成する覚悟で新人の研修を引き受けているケースが多数だった。


実際、我が家の場合でも

毎年2,3人抜けた穴を埋めるために常時、

日々の介護を受けながら研修、人探しをしているのが実情だ。


ただ、こちらとしても負担が大きく、

本音を言えば多少なりとも経験を積んでいる、

こちらの言っていることを理解してくれる人に来て欲しい。


長年にわたる寝たきり生活で既に筋肉が残っていない。


手の重心や関節の可動域など基本的なことを理解していないと

捻りや脱臼、骨折のリスクがつきまとう。


それでも研修を行い一定レベルのスキルのヘルパーを

確保しなければ生活が回らない。


介護人の問題はもはや現場レベルでは

どうにもならないところまできている。


福祉や介護の仕事は職人と同じ。

知識に介護の技術と福祉精神があいまって

初めて送り手としての形が整うのである。


さらに言えば受け手となる障碍者や高齢者がいる。


受け手と送り手の認識が一致した時、

ここまで抽象的な概念に過ぎなかった福祉というものは

実体を得て形を成すのだと思う。


楽とは言わないが善い仕事だと思う。


そのよさを世間にうまく伝えるにはどうすればいいのか、

思案のしどころだ。


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